盲導犬情報 第14号(1997年7月)



内容


第3回全国盲導犬使用者交流会の概要と支援ボランティア態勢について

全日本盲導犬使用者の会

清水和行

1.広島大会の概要

全国盲導犬使用者交流会(以下、交流会)は、全国の盲導犬使用者が一堂に会し、親睦を深めたり情報交換をすることはもちろん、ホテル・飲食店・乗り物などあらゆる公共の場における盲導犬使用者(以下、使用者)自身のマナーの向上を図るための研修の場であり、また社会に対する盲導犬と使用者の啓発の場として毎年大切にしている事業です。今回で3回目となるこの大会は、5月24日から26日まで広島を会場に48名の使用者、46頭の盲導犬、2名の盲導犬を希望する人、それに家族など総勢64名と 200名を越えるボランティアが参加して行われました。
  24日の午後はホテルで研修会を行いました。第1部は、「地域における盲導犬使用者に対する支援活動について」と題してボランティアグループ「広島ハーネスの会」の藤井聰尚(トシサカ)会長の講演でした。第2部は、広島交響楽団による弦楽四重奏などの記念演奏を聞いていただきました。第3部は、「各盲導犬育成施設におけるハーネスの違いについて」と題して研究会を行いました。
  夜は、広島市民球場でのカープVSタイガースのプロ野球ナイター観戦とお好み村でのお好み焼きツアーの2班に分かれて広島の夜を楽しみました。球場では、入り口で盲導犬の啓発用のビラを観客に配っていただいたり、イニングの合間にアストロビジョンで盲導犬に関する映像も流していただきました。また、民放ラジオ中継とNHKのテレビ中継の合間にも全国のプロ野球ファンにこの会のことが放送されました。我が愛する赤ヘル軍団広島東洋カープのおかげでビッグな啓発活動が出来ました。
  翌25日は、観光バスで宮島・厳島神社に参拝し焼きたてのもみじ饅頭をほうばったり、岩国の錦帯橋を歩いて渡ったりしました。車中では、石川県の小松空港から広島西飛行場までジェイ・エアーのコミューター機に山井さんとウィリーが乗ったという新聞記事が読まれました。それまで都市間コミューター機の盲導犬の搭乗は認められていませんでしたが、この交流会を機にジェイ・エアーに要望し実現したものでした。
  夜の懇親会には、シティーホテル広島の総務部長が駆けつけてくださり歓迎のご挨拶をいただきました。これだけの大きな大会を受け入れるにあたり、私たちが三日間快適に過ごせるようにと大会前に現場の従業員を集めて盲導犬や視覚障害者のことについて研修会まで開いていただいたのです。
  26日には、ボランティアと一緒に広島市内観光をしました。特に平和公園にある広島平和記念資料館では、貴重な被爆資料のいくつかを手で触らせていただくことができました。

2.ボランティア態勢

少し前までは、盲導犬が4、50頭集まるだけで私たちの間でもニュースになりました。ところが全犬使会だけでも総会を含め今回が6回目の大会です。数だけではもう驚かなくなりました。
  しかし、この大会は今までとは少し違っていました。それは、大会を支えてくれるボランティア態勢にあったと思います。
  今までこれだけの盲導犬が集まるとなると、盲導犬育成施設のお膝元で行うか、施設職員やパピーウォーカーなどを中心に支援態勢を組んでいただいていました。それはそれで効率の良い的確なサポートを受けられるという点でありがたいものでした。しかし、これでは大会を開催できるエリアが限られるし、施設関係者にもそう何度もお願いすることはできません。
  そこで日本全国どこででもこのような大会を成功させるために、次のような原則でボランティア態勢を組んでみました。

(1)人海戦術で臨む

参加者は、全盲や弱視の方が多いので、見知らぬ地で不安になったり事故があってもいけませんから、少なくとも常に1対1対応が出来るようにと心がけました。しかし土・日・月の三日間通しで参加できるボランティアはそうそう集まりません。そこで、ボランティアの希望や時間の都合を配慮してプログラム毎の部分参加を積極的に受け入れることでボランティアを集めやすくしました。その結果、ボランティアの総数は 200名を優に越えることになりました。確かにボランティアのデータ管理は大変です。しかし、一人一人のボランティアの負担が軽くなるため、ボランティア自身もゆとりを持って参加できたようです。ちなみに、 200名余のボランティアの内、宿泊を含め三日間の全日程に参加した人はわずか6名でした。

(2)素人ボランティアを募集

多くのボランティアを集めるとなると、よく点訳・朗読・手引きなどのボランティア団体にお願いすることがよくあります。しかし、今回はあえてこのような視覚障害者に普段から関わっているボランティア団体には積極的に声を掛けませんでした。その理由は、主に次の二つです。
  第一に、所属団体の指示で動くのではなく、個人の意志で参加して下さるボランティアが集めたかったからです。そのようなボランティアは、介助テクニックは未熟でも一生懸命取り組んで下さるだろうし、何より共に楽しんで下さる方が多いと考えたのです。
  第二に、大会終了後も引き続き盲導犬や使用者のことに関心を持ち続け関わって下さるボランティアを集めたかったからです。既成のボランティア団体の場合、その大会が終了すればまた通常の活動に戻りますが、盲導犬や使用者に関心を持って集まって下さった方は、使用者の良き理解者として地域に残るのです。広島ハーネスの会としても会員拡大に大いに役立ちました。
  ちなみに新聞記事を読んでボランティアとして登録して下さった方の中には、なんと80才の方もおられました。下は小学6年生から上は80代の方まで、様々な年齢層と職業の方がボランティアとして参加いただきました。

(3)盲導犬の排泄物の処理や健康管理

しかし、4、50頭もの盲導犬が集まるとなると、犬について全く素人ばかりでは対応しがたい問題も出てきます。
  まず排泄物の処理については、大会運営上最も気を使うことの一つです。すなわち排泄物そのものの処理だけでなく、においや衛生上のことまでも完璧な処理が要求されるからです。もしこのことでクレームがつくようなことがあれば大会の成功はかすんだものになってしまいますし、盲導犬に対するイメージダウンにもつながりかねません。
  そこで今回は、排泄物処理班をマッキー国際学園日本動物植物専門学院広島校の学生に協力を依頼しました。この学校には、ドッグ・キャット科、獣医看護科、アニマルケア科、動物調教科があり、学生とはいえみんな犬の専門家達の集まりです。犬のうんちをビニール袋に取るとすぐに「こちらにいただきます」と声がかかります。地面に取り残した小さなうんちのかけらはトイレットペーパーで拭き取り、うんちと共にトイレに流します。排泄後は掃除と共に消臭や消毒も完璧に行ってくれました。決してきれいなものでないうんちやおしっこの処理だけのために、朝早くから夜遅くまで明るくさわやかに対応してくれました。彼女たちの仕事ぶりは、使用者のみならずボランティアの中からも高い評価を受けていたようです。
  また、盲導犬も長旅や環境の変化で健康状態に変調をきたすものが出る恐れがあります。それが緊急を要することなのか、それほどでもないのかの判断は素人では無理です。今回三日間通しで参加してくれたボランティアの中に獣医がいたので、その点は大変安心でした。

(4)ボランティア研修会の実施

ボランティアも何も分からないまま参加するのは不安でしょう。そこで、本当に基本的な所だけになりますが、参加いただくボランティアに対し盲導犬や視覚障害者のことについてボランティア研修会を実施しました。せっかくボランティアをしていただくのですから、大会後も盲導犬や使用者の良き理解者として協力していただくためにも、是非とも実施しなければならないと思います。

(5)ボランティアの運営はボランティアリーダーにおまかせ

この大会の準備の中心となって動いたのは、私と宮崎理事です(情報室注:筆者の清水氏・全犬使会理事の宮崎氏は共に盲導犬使用者)。私たちの仕事は、参加者の管理とボランティアの募集および人の配置でした。必要なところに必要な数のボランティアを配当出来たところで、後はそれぞれのプログラムや作業を実行するボランティアリーダーにすべておまかせしました。ボランティアリーダーは、参加者の基礎データとボランティアリストを元にそのプログラムや作業だけを実行していくのです。
  例えば広島駅での出迎えは、安古市(ヤスフルイチ)高校の生徒会有志におまかせしましたが、ボランティアリーダーはその高校の先生にお願いしました。ボランティアリーダーには、何時の新幹線で誰が来るかというデータを渡しておき、生徒の配置や役割分担はすべておまかせしたのです。
  また、バスツアーでは、ボランティアリーダーにタイムテーブルと参加者リスト、ボランティアリストをお渡しし、使用者とボランティアのペアリング、乗車下車の指示、点呼など全ておまかせしたのです。
  200名を越えるボランティア全員に大会全体のことを理解して動いていただくことは不可能です。しかし、プログラムや作業ごとに仕事を細かく分け、そこにボランティアリーダーを置くことで、そのリーダーだけがその仕事の中身を熟知しておけばよくなるわけです。それに、それぞれのボランティアリーダーもその役目が終われば一般ボランティアに戻り、そこでのボランティアリーダーの指示に従います。ボランティアリーダーとしての役目が終われば後は気楽に参加することができ、一人一人の負担も軽くすることができました。

(6)ボランティア一人一人の任務を明確に

せっかく参加いただいたボランティアが何をしてよいか分からずおどおどしている内にプログラムが終わってしまい、満たされることなく空しく帰ることがないようにするために、一人一人の任務を明確にすることを心がけました。特にお好みツアー、野球観戦、バスツアー、市内観光では、参加者とボランティアのペアリングをきちんと決めることで、ボランティア全員が使用者と関わることができました。ボランティアの喜びは、盲導犬を身近に見、使用者との心のふれあいがあることだと思います。大会は参加者が楽しむことはもちろんですが、ボランティア自身も幸せにならないと成功したとは言えないのです。「共に楽しめる」からこそ、ボランティアの皆さんががんばって大会を支えて下さるのだと思います。

今回このように有意義な大会を持つことが出来たのは、多くのボランティアの方々のご協力があったからこそと心より感謝しております。大会の成功は、この広島をさらに盲導犬と共に歩きやすい街にしてくれました。いろいろな啓発活動がありますが、この交流会を成功させることが最も効果的な啓発活動なのかもしれません。今後も日本の各地でこのような交流会が開催されることを期待しております。

   *   *   *

この原稿は、「全日本盲導犬使用者の会会報」に掲載された記事(「第3回全国盲導犬使用者交流会を終えて」)を元に一部加筆・省略したものです。文中にもあるように、今回の交流会が全犬使会としては初めて盲導犬訓練施設のない地域で開催されたものであることから、重複する部分は多いのですが「盲導犬情報」にも掲載させていただきました。
  と申しますのも、複数の盲導犬使用者が参加する集会の計画、あるいは宿泊を受け入れるにあたってどのような配慮が必要か、といった問い合わせが時々盲導犬情報室にあり、今回の交流会の報告がそういったことへの一つのヒントになるのではないかと考えたからです。
  もちろん必要な配慮は受け入れ側にのみ要求されるものではありません。盲導犬は使用者が責任をもって管理し使用しているのです。食餌や排泄、室内を抜け毛で汚さないための配慮など盲導犬の「生き物」という点に対処すべきなのは、周囲ではなく使用者自身です。使用者の方々には、より一層のマナーの向上をお願いしたいと思います。
一方、受け入れる側は、基本的には盲導犬使用者にどう対処すべきかではなく、視覚的な情報が利用できない場合にどんな配慮をすべきかをまず考えていくことが大切であるように思います。
  そしてもう一つ。なかなか難しい問題ですが、盲導犬や視覚障害について正しく理解している社会であることも大切です。盲導犬は何でもしてくれる、どこへでも連れて行ってくれるもの、あるいは逆に盲導犬とは言ってもやはり犬、好き勝手に排泄するもの、吠えるものといった見方や、目が不自由であれば何もできない、やってあげなければいけないんだといった思いこみ、そういった誤解が誤解と気づかない社会であれば、必要な介助が受けられない、受け入れを拒否される、嫌な思いをするといったトラブルが起きるのは目に見えています。
  こういった社会環境を整備していくためには、やはりもっと幅広い啓発活動を行っていかなければなりません。その一つの方法としても、このような全犬使会の交流会が全国各地で継続的に実施されていくことが必要なのではないでしょうか。

アンケート調査結果報告(1)

(卒業論文『盲導犬を伴う視覚障害者の移動』より)

京都市 小笠原 滋

 はじめに

盲導犬使用について研究しようと決心してから2年。それは模索の連続でした。それでも、なんとか一つにまとめることができたのは、多くの「出会い」に支えられたからに外なりません。私を受け入れて下さった方々に感謝いたします。
  この度、論文のまとめを掲載する機会をいただきましたが、ここでは、論文作成中に行った調査の結果とそれについての考察を中心に報告していきたいと思います。
  私は、論文作成のために二つの調査を行いました。一つは、盲導犬使用の実態を知るための調査(調査1)。もう一つは、食料品取扱店による受け入れの現状を知るための調査(調査2)です。調査1の対象者は、関西盲導犬協会の訓練修了者70人で、41人の方が回答して下さいました。調査期間は、1996年7月初旬から約1ヶ月間でした。調査2は、1997年5月5日に実施し、京都市北区、上京区、中京区内の食料品取扱店40軒(喫茶・軽食店11、ファーストフード製造販売店2、パン製造販売店2、大衆食堂6、スーパー4、料亭1、お好み焼き専門店2、ケーキ菓子製造販売・喫茶店1、コンビニエンスストアー3、レストラン2、ラーメン専門店2、中華専門店2、すし専門店1、居酒屋1)の店主を対象としました。
  なお、本論中の盲導犬使用者のお名前はアルファベットに置き換え、ご意見も便宜上簡略化してあることをお断りいたします。

1.歩行および生活の変化

まず、調査1の「歩行の安全性と能率性が、盲導犬を手に入れる前とどのように変わったか」という質問(問5)では、図1の結果のように、多くの使用者が以前より安全で能率的に歩行できるようになったと回答しています。そして、ほとんどの人が盲導犬を伴う歩行の安全性を認めていることが分かります。

図1 歩行の変化(棒グラフ)
「安全で能率的に歩行できるようになった」 31名
「安全だが能率的ではない」 2名
「多少安全で能率的である」 6名
「以前とあまり変わらない」 0名
「その他」 1名
「無回答」 1名

また、調査1全体から言えることは、全回答者が、歩行、生活、内面のいずれか、あるいはすべてについて、盲導犬とのかかわりによって何らかの変化が起こったことを示していることです。例えば、「盲導犬と歩行したり、暮らしたりすることで、使用者自身どのように変わったか」という質問(問10)では、内面の変化以外に歩行や生活全般の変化についての回答を得られました。41人中、33人が良い変化があったと回答しています(良くない変化1人、変化なし4人、無回答3人)。表1は、良い変化を示す回答を抽出してまとめたものです。

表1 盲導犬との歩行と生活による変化(アルファベットは使用者、その次の年数は調査実施期間現在の盲導犬使用年月を記す)

A.3ヶ月  「以前より行動範囲が広がり、知らない場所へも自信をもって出かけられるようになった。そこで新しい出会いや経験があり、さらに多くの事を経験したいという積極性が出てきた。」
B.1年  「盲導犬を通して、一般社会の人たちとの出会いが多くなった。行動範囲が広がり、外出の機会が多くなった。家庭間での会話が多くなった。人の出入りが多くなったと言われる。」
C.1年3ヶ月  「行きたいときに行きたいところへ行く自由と、行きたくないとき行かない自由を得た。視覚障害者と健常者の間に双方が作ってしまいがちな垣根がかなり取り払われ、楽しく明るくすすんで外出できるようになった。」
D.2年  「朝夕の歩行が健康につながり、ストレス解消にもなった。」
E.2年4ヶ月  「規則正しい生活をするようになった。行動範囲が広がった。初めて行くところでも不安を感じずスムーズに行けるようになった。人のことを多少気づかえるようになったかな。」
F.3年10ヶ月  「自分も妻も全盲で、盲導犬がくるまでは買い物などすべて母に頼んでいたが、盲導犬と暮らすようになってからは、スーパーでの買い物はもちろんクリーニングや薬局、銀行、郵便局など、すべて盲導犬と一緒に行くようになった。
  地域の公民館2カ所から講演依頼があり、盲導犬や視力障害者について理解を得られるよう活動している。」
G.4年余  「盲導犬歩行したり、暮らして時間がたつにつれ、犬が人を和ます。
  以前は短気であった自分が、少しずつ気が長くなっていくように感じる。また頭の中では命の貴さは分かっていたが、盲導犬と暮らしてみて、肌で命の貴さを感じられる。なぜなら、犬の寿命はどんなに長くても十数年で、かならず別れがくる。またそれより、盲導犬は歩行の安全を確保するための犬だから、かならずリタイアという日が死より早くおとずれる。それを思うと命や愛情がいかに大切か肌で感じられる。」
H.5年6ヶ月  「歩くのは楽になった。
  歩行中の孤独感が軽減された。
  地域とのコミュニケーションが犬を通じて深められた。」
I.9年1ヶ月  「自分の殻をある程度破ることができた。白杖使用時には、白杖歩行が恥ずかしかったので、自分のいる場所のことなどうまく人に伝えられなくて、援助依頼が難しかったが、今ではうまく援助を受けることができる。
  勇気をもって人と接触することができるようになった。」
J.10年10ヶ月  「何事も積極的になった。
  どんな人とでも気軽に話をすることができるようになった。
  目の不自由な人とは思えないほど颯爽と歩いていると言われる。」
K.30年 「自由で快適な歩行ができるようになり、視覚の障害をほとんど忘れていられる生活ができるようになった。」

このように、回答者の多くが安全で快適な歩行により行動範囲が広がって、他者との接触も増えたことを示しています。また生活や内面の変化を窺わせるものも少なくないことが分かりました。特に積極的になったという人が多かったです。つまり、盲導犬を使うことで、移動と生活の質がより良くなったと言えます。
  一方、問10の回答には、「神経質になった。歩行中の排便、他の犬との喧嘩等の気遣いにより」(W氏)という回答がありました。さらに、盲導犬使用に関する意見として次のようなものもありました。
  「盲導犬は万能ではない。例えば、スーパー(目的地)にいっても盲導犬が選んでくれるわけではないし、荷物が多いときは盲導犬を伴うことが負担になる。行き先も限られる。ケースによっては有効ではない。犬を通じて友達ができたということはない。犬に興味があるのであって、私との関係に興味があるわけではないし。盲導犬は過大評価されている。人の援助がまったく必要ないと思っている人がいる。それは、浅い理解だと思う」(L氏)
  「4年間使用しておりましたが、犬の体調が悪く生活に負担がかかりました。歩行のためにと思っていましたが、やはり動物ですので、私たちの場合は、盲導犬は、4年間、病気の心配と世話をしただけでした」(M氏)
  このように、盲導犬を持ったからといって、すべての人のニーズが満たされるわけではないし、犬という動物を扱うことが、いつでもどこでも有効であるとは限らないという一面を見ることができました。

2.新たな負担と障壁

(1)新たな負担

新たな負担には、1)訓練修了後、盲導犬との連携動作がスムーズになるまでの負担、2)盲導犬を世話(メンテナンス、管理責任等)する負担、3)訓練開始から訓練修了までの費用、訓練修了後の盲導犬の維持費などに関する経済的負担が考えられます。

1)連携動作の完成まで
  調査1の問5で「安全で能率的に歩行できるようになった」と答えた人を対象とした問6の結果では、訓練修了後の歩行について、28人が盲導犬との歩行がスムーズにいくまでには、何らかの努力が必要であることを示しました。なかでも、うまく歩行できるようになるためには、さまざまな経験を経なければならないという人が多かったです。

 図2 訓練所修了後の歩行がスムーズにいくまで(棒グラフ)

「初めからうまくいき、何の問題もなかった」 3人
「独自の試行錯誤によって、うまく歩行できるようになった」 3人
「訓練所のフォローアップによって、うまく歩行できるようになった」 4人
「訓練所のフォローアップと独自の試行錯誤、色々な経験を経て、しだいにうまく歩行できるようになった」 19人
「その他」 2人

 「その他」の内容

「1年かかって、盲導犬が生活範囲の地図を覚えてくれ、また家族や地域住民の協力によってうまく歩行できるようになった。」 1人
「独自の試行錯誤と元訓練士のフォローアップによってうまく歩行できるようになった」 1人

この結果は、訓練修了直後における盲導犬との歩行が使用者にとって未知数であることを示しています。整備された環境から離れ、使用者と盲導犬が地域で共に生活してみて初めて分かることもあり、使用者が盲導犬との歩行を完成させていく本当の努力は、訓練所、あるいは指導員の目を離れたところでなされると考えられます。

本論文は、誌面の都合上数回に分けて掲載する予定です。次号では、盲導犬使用に関する新たな負担と障壁について、食料品店でのアンケート結果を交えながら考えていきます。ご意見等ありましたら盲導犬情報室までお寄せください。

盲導犬使用者の都市間コミューター機搭乗が可能に

一般の定期旅客航空機を利用する場合には、現在、基本的には盲導犬に口輪を装着しなくても客室内に伴うことができるようになっています。また、離島航路専門の一部コミューター機でも盲導犬使用者の利用が認められていました。しかし都市間コミューター航路では、今まで盲導犬使用者の利用は認められていませんでした。客室乗務員がいないコミューター機では不測の事態が起きた場合の対応ができないというのがその理由です。
  ところが、今回、新潟県在住の盲導犬使用者が広島市で開かれた全国盲導犬使用者交流会に出席するために都市間コミューター機に試乗。その結果、この航路を運行している株式会社ジェイ・エアでは、盲導犬使用者の搭乗を認め、そのために年内には内規を改正する予定です。
  ジェイ・エアに電話で問い合わせたところ、「コミューター機は定員が19人、2人の乗務員で運行しているので、1機につき使用者2人・盲導犬2頭までの搭乗は可能と考えている。内規の改正にはもう少し時間が必要だが、改正前でも予約申し込みがあれば柔軟に考えていきたい」とのこと。なお、ジェイ・エアが運行しているのは、広島西と新潟・小松・南紀白浜・関西国際空港・鳥取・出雲・松山・大分・仙台(新潟経由)の各ステーションを結ぶ9路線。

盲導犬情報ボックス

ゴードン氏の来日以後

前号で紹介しましたように、日本に初めて盲導犬使用者が来たのは、1938(昭和13年)のことでした。オルチーという名の盲導犬を連れて来日したゴードン氏のために、各地で講演会や歓迎会がもたれ、大きな反響がありました。
  その結果、当時日華事変で失明した傷痍軍人が多く収容されていた陸軍第一病院の三木良英院長らが中心となって、陸軍病院でも盲導犬を育成し失明軍人に給付しようと陸軍省に働きかけるなどしました。そして1939(昭和14)年、日本シェパード犬協会の相馬安雄氏がドイツのポツダムの盲導犬訓練学校で訓練された盲導犬4頭を輸入、陸軍第一病院第二外科戦盲病室に入院中の失明軍人に寄贈されました。
  しかし、これには賛成ばかりではなく反対意見も多く、「犬が家族の一員として起居することは、人間の地位を犬にまで低下させるものであるとの理由で、血判の反対書をもってはるばる北海道から数人の盲人代表が上京した」こともあったようです。
  当時の傷病軍人援護対策機関である軍事保護院では、病院から社会復帰していく失明軍人に盲導犬を1頭ずつ交付する計画もあったようですが、病院内における盲導犬の育成訓練は戦争の激化に伴い思うように進まず、結局終戦と共に途絶えてしまいました。
   参考文献:「盲導犬に関する参考資料集(その1)」(日本ライトハウス発行 1971.11)

編集後記

梅雨の季節はうっとうしいもの。雨が降れば犬の毛は濡れるし、においもきつくなるし・・・とついつい外出する足どりも鈍りがち。しかし梅雨が明ければ今度は暑くて、やっぱり外出するのは辛いもの。この時期、黒いラブラドールは特に暑そうですね。アスファルトの照り返しも人より地面に近いところにいる犬にとってはダメージが大きいとか。使用者の皆さんは犬の日射病・熱射病にもご用心!
  少し前の話になりますが、イギリスでブレア労働党に政権が交代した際に教育・雇用相に任命されたデービッド=ブランケット下院議員は、ルーシーという名の盲導犬を使用しているそうです。「全盲でよくやり遂げましたね」との言葉を最も嫌い「人間として政治家としてのわたしの業績を正当に評価してほしい」と語ったとのこと。今の日本でもし盲導犬使用者の閣僚が誕生したらマスコミはどんな報道をするのでしょうか。ちょっと不安・・・。(久保)