盲導犬情報 第19号(1998年10月)



内容


盲導犬の引退について

各盲導犬育成施設の状況

盲導犬との別れは、使用者になったからにはいつか必ず味わうことになる辛い経験です。盲導犬との生活が長くなるにつれ、おのずと引退を考えないわけにはいきません。長い間一緒に暮らしてきたパートナーが幸せな老後を迎えるためには、使用者としてしっかりこの問題を受け止め、その判断を下さねばならないわけですが、そのための情報は使用者に十分提供されているのでしょうか。
  今回、各盲導犬育成施設に盲導犬の引退について質問したところ8施設の内7施設から回答をいただきましたが、その内の5施設が「盲導犬の引退に関する規定は特にない」と答えていました。
  引退はいつ頃?引退後の犬の世話は?引退後の自分の生活は?そんないろんな疑問はいつ解決されているのでしょうか。今回ごく簡単ではありますが盲導犬の引退に関する盲導犬育成施設の状況についてご報告します。

1.昨年度の引退状況

まず昨年度中に引退した盲導犬の頭数は、66頭。その内、老齢のため引退した盲導犬は、50頭(75.8%)でした。年齢以外の理由で引退した盲導犬が16頭(24.2%)いるわけですが、その主な理由としては、
1)犬の死亡または体調不良
2)使用者の死亡または体調不良
が挙げられていました。しかし年齢や体調の問題だけでなく、人と犬の性格の不適(1件)、盲導犬としての適性に問題があったため(2件)という理由による引退もありました。
  また、盲導犬の引退後、代替えの盲導犬を希望しなかった使用者が16人いますが、その理由としては、使用者の高齢化、体調の不良といったことが挙げられていました。

2.引退後の盲導犬について

引退後の盲導犬は、原則として「ボランティアの家庭で飼育される」とどの育成施設も答えています。しかし、それ以外の選択肢として「訓練施設」という回答が老犬ホームのある北海道盲導犬協会からありました。また、他にも2施設が引退した盲導犬1頭を現在、訓練施設で飼育していると答えています。また「訓練施設に引退した犬専用の飼育施設がある」と答えたのが2施設、「引退した犬専用のスタッフが1名いる」と答えたところが3施設ありました。その他、引退後の盲導犬の飼育先として、ボランティアの他に「使用者が看取りたいという場合は使用者」と答えた施設が1施設ありました。
  引退後の飼育先を決定するときは、どの施設も「知人に預けたい」といった盲導犬使用者の希望を最優先に考慮する方針のようです。また使用者だけでなく「パピーウォーカーの希望も考慮する」という施設が2施設ありました。

3.盲導犬使用者について

盲導犬の引退は、使用者にとって日常生活を送る上でも大きなダメージです。そこでほとんどの施設では、盲導犬が引退した後の使用者に対しては「原則として最優先で代替えの犬との共同訓練に入る」と答えています。しかし需要と供給がアンバランスな現在の状況では、それでも「新規の希望者ほどではないが待機期間はある」と答えている施設もあり、その期間は「2〜3ヶ月」(1施設)、「平均6ヶ月」(1施設)、「長い場合は半年」(1施設)、「人によっては現在1年以上待ってもらっている」(1施設)とのことでした。
 また、引退した盲導犬を使用者が手放さないまま代替えの犬との共同訓練に入れるかを尋ねたところ、5施設が「共同訓練を受けることができる」と答えていますが、2施設は「受けることができない」と答えています。その理由としては、「引退犬の精神状態を考慮して」「2頭を管理することは難しいから」ということでした。また「共同訓練を受けることはできるが、引退した犬に対して十分なケアができるかどうかを考え、ボランティアに託すことを勧める」と答えた施設もありました。
 そして使用者が引退した盲導犬を手放した場合、その犬と会うことができるかについては、6施設が「希望があれば可能」と答え、1施設が「ケースバイケース」だとしています。

4.引退した盲導犬の飼育ボランティアについて

引退した盲導犬の世話を家庭でしてくださるボランティアは、どれほどの経費を負担しているのでしょうか。
 具体的な金額については調べていないのですが、犬の食費についてはどの訓練施設でもボランティアが負担することになっているようです。また、歳をとるにつれて病気がちにもなり易いものですが、医療費に関してもボランティアが負担していることが多いようです。医療費を「施設が負担している」と答えたのは1施設、他に「高額な医療費がかかった場合は相談の上対処する」と1施設が答えています。
 また、その他施設が負担する費用として、「飼犬登録手数料・予防接種に要する費用、火葬費用」を挙げた施設は、先の質問で「医療費を施設が負担している」と答えた施設です。他に2施設が「フィラリア予防薬・予防接種に要する費用」「火葬・埋葬費用」を挙げていました。

5.終わりに

日本で育成される盲導犬の年間頭数は約100頭、その4割程度が代替えというのがここ数年の傾向です。しかし今引退の時期を迎えている盲導犬が育成された頃、つまり10年前の盲導犬実働数は約600頭、年間育成頭数が右上がりに延びている頃です。ですから今後、代替えの盲導犬を希望するユーザーや、仕事を終え新しい生活を始める犬たちは、今以上に増えていくと考えられます。
 また、数日前の毎日新聞に、予防薬の普及やドッグフードの改良等によって犬の寿命も延びてきているという記事が載っていました。盲導犬も引退後の生活が以前より長くなってきているかもしれません。
 盲導犬の使用環境だけでなく、引退後の盲導犬やユーザーに対するケアなど、まだまだ未整備の問題が少なくないようです。

    

パータンありがとう、そしてさようなら

三重県  長嶋 茂子

「パティちゃん、お誕生日おめでとう…」のバースデーカードがシンガポールに避寒中のパピーウォーカーから届いた日。パティ15才そして最後の誕生日の1月25日は、夕べのうちに10cmばかり雪が降り積もり真っ白な世界となった。
 パティは2ヶ月前に歯茎にできた腫瘍が偏平上皮ガンだと診断され手術を受けたが、1ヶ月も経たない内に再発してお正月明けを待ちかねて再手術を受けた。そしてこの誕生日には既に再々発。今後どうするかということで私たち夫婦は出口のない迷路を行きつ戻りつするように考えに考え迷いに迷った。ただおぼろげな希望のない一つの道が、その道を辿りたくない私たちに見えるだけだった。犬はかなりの苦痛にも黙って耐える習性を持っているけれども食餌が取れなくなったり苦痛を訴えるような時には安楽死ということも考えておく必要があるかもしれないというアドバイスであった。そのアドバイスをくださったのは盲導犬の育成に携わっておられるNさん(面識はないのにふとしたことから私の方で一方的に犬に関する良きアドバイザーにしてしまって、困った時には相談に乗っていただいている。Nさんの誠意が伝わってきて素直にその見解に従いたくなる)と4年前までのパティの主治医(四日市へ転居するまで私たちは四国の松山に住んでいてパティの健康チェックを信頼して託していた)のアドバイスの一致が私たちの決断を助けてくれた。15才になった老犬に直る見通しのない手術は苦痛を与えるだけで残酷に思えた。
「パータン、苦しくなったらすぐに楽にしてあげるからそれまで一緒にがんばろうね」
これは自分自身への言葉でもあった。日々刻々癌に打ち負かされていく大事な愛犬をみていけるだろうか?最後まで看取る勇気があるだろうか?言い様のない恐怖感に襲われた。パティに毎日こう話しかけなければ私自身がくず折れてしまいそうだった。私は不治の病気になったら無駄な延命治療は受けたくないし苦痛もがまんしたくない。だから私たち夫婦は、5、6年前に日本尊厳死協会の会員となって無意味な延命治療は拒否するという意志を宣言した会員証を所持している。パティがまだ元気だった頃、この会の千葉県での大会に参加したこともあって盲導犬が大会に参加ということでパティの写真が会報にも載った。セミ会員のパティだから無駄な治療はやめて残された時間を大切に過ごそうと決心した。
 日毎にあごは大きく腫れ上がり口がだんだん開きにくくなってきてドッグフードやご飯は食べなくなり、最後の十日ばかりはカステラや牛肉を小鳥か魚に食べさせるように小さくして一つ一つ食べさせた。プリンも時間をかけて一生懸命食べた。
 暗い時は流れた。何とかしてやりたいのになす術がない、怒りにも似た悲しみをかみしめて「一緒にがんばろうね」と言い続けた。パティが冷たくなるまでただじっと抱きしめていてやりたい思いだった。何もできないことを詫びながらパティと同じぐらい苦しい日々だった。
 死の前日、大きく腫れたあごを私に差し出してしきりに「クークー」と言った。
「もう楽になりたいの?もうがまんできなくなったの?」
 とそのあごを片手で支えもう一方の手で静かに静かになめらかに額を撫で続けた。「安楽死」という重く冷たいものが私の中でゆっくり動き始める。辛い思いはさせたくない。絶対に苦しませたくない。けれども自力で立ち上がり、ものを食べ、はっきりした意識があり、こうして私に何かを語りかけてくるいとおしいこの命をどうして私の意志で絶ってしまえるだろう。涙がぽたぽたと落ちた。
 それでも喰いしん坊のパティはその日もプリンやカステラを食べ、夕方にはパティの為に焼きパティ最後の食べ物となった牛肉の小さい一切れ一切れを食べさせた。10時ごろ
 「おしっこしてもうねんねしようか」
 と声をかけるとベッドから立ち上がったがすぐに崩れるように倒れてしまった。
 「無理しなくていいよ。おしっこしたくなったらここにしていいからね」
 と言いながらベッドに寝かせた。水やおやつの卵ボーロを口に持っていってみたが食べようとはしなかった。私が横向きに寝かせたままじっとしている。いつでも起き出せるように玄関の暖房をしたまま床につく(パティは玄関にいるので私もそこで寝ていた)。ときどき目を覚ましてはパティの寝息や様子を耳で確かめ、余り静かなときには起きていってパティの体に触れてみるといった眠り方がこの頃の習慣になってしまっていて、その夜も何度かそれを繰り返した後、夫と何かに呼び起こされたような思いで目を覚ました。3時前だった。寝息が聞こえる。その強弱やリズムはどうかとしばらく耳を澄ませていると、それはだんだん大きくなりうめき声のようになる。私は飛び起きてパティのそばにしゃがんで体に触れてみた。やはり同じ横向きの姿勢でぐったりとして動かない。
 「どうしたの?痛いの?」
 と、どうしていいのかわからないまま背中や胸を撫でる。本当は痛いだろうあごを何とかしてやりたいのだけれど、かえって痛くならないかという不安で肝心な所には手が行かない。それでも家族の誰かがそばにいるというだけで安心したように静かになっていく。30分ばかりただ体を撫で続けたが落ち着いているので私もまた床に戻る。しばらくするとまたうめき始める。私はもう起きてしまおうと着替えをし、寝具を片付けていると「早く来て!」とでも言うように
 「キャン、キャン、キャン」
 と言った。やはり横向きのまま前足をあごに持っていって引っかくような動作をしている。
「よしよし、大丈夫だよ」
とその前足をそっと押さえて体を撫でる。時々うめきながらだんだん落ち着いていく。
「もう楽になろうね。よくがんばったものね」
私は静かにそして何のためらいもなく、この子の苦痛をこれ以上長引かせるべきではないと思った。投げ出したままの四肢が非常に冷たく、あたたかい手で握ったりマッサージをしたり夜明けまで休みなく続けた。朝になって夫がいつものようにパティの食餌と排泄の世話をするつもりで2階から下りてきて私と交代してパティにつきそう。そして患部を軽くマッサージすると間もなく本当に静かに規則的な寝息をたて始めた。きっと少し痛みが和らいだのだろう。私自身の呼吸もやっと戻ったような気がした。私たちは朝食を交代でとりパティから片時も離れなかった。名を呼んでも話しかけても、綿花に含ませた水を口に持っていっても何の反応もなく、もう意識が朦朧としていたのかもしれなかった。夕べ寝る前に言葉を交わしたきりでその後は何も答えてくれなかった。ちょっとしっぽを動かしてさようならが言って欲しかった。鼻先をちょんちょんと手に付けてさようならが言って欲しかったけれど、きっと動作にならないさようならを言って神様の所へ帰ったに違いない。私たち夫婦の生ある限りパティはこの家の主のような大きな顔をして私たちの中に生き続けるだろう。パータン、本当にありがとう、そしてさようなら!

付記:人と犬との一生の長さの違いから盲導犬の使用者は生涯の間に1度ならずパートナーの死あるいは引退に直面しなければなりません。盲導犬が歩行の為の補助具かどうかといったことについてのご意見も前号にありました。確かに私たちの歩行を助け可能にしてくれるのですから言葉としてはさし当たりこういうふうな表現になるのかと思いますが、全国で800余の使用者のうち犬を単なる道具だと思っている人はいないと私は思います。少なくとも充分犬に頼り活用している人は絶対に道具などとは思っていないと信じます。それどころか使用者も盲導犬自身も犬とさえ思っていないのではないでしょうか。
 そのパートナーとの別れのつらさは避けられない、そして解決策のないものだけに使用者にとっては大きな精神的苦痛であり負担です。「これさえなければ」というのが大部分の使用者の思いではないでしょうか。引退させるか最後まで共に暮らすかという問題もケースバイケースです。その人その時の事情でどちらもあり得ることで、どちらが正しくどちらが間違っているといった事柄でもありません。
 (1)引退させる場合は、是非早い目にと思います。別れづらくてぎりぎりまで引き留めて最後のホンの僅かな期間を新しい飼い主に託すというのは、犬に対して無慈悲なことだと思います。新しい飼い主との間に新たな愛情と信頼が芽生え成長しうるに十分なだけの年月を考慮して引退させるべきだと思います。言葉を持たない犬は何の説明もされずに新しい環境に送り込まれるのですから、戸惑っている内に死を迎えてしまうというのではあまりに心が痛みます。
 (2)最後まで看取った場合その犬の死後、次の犬を得るまでに時間がかかることが大きな悩みです。道具機械でないだけに即代わりの犬とはいかないまでも、月単位の待ち時間(現在新しいパートナーをひたすら待っている私としては2、3ヶ月)で代わりの犬が得られるような盲導犬育成訓練所の体制を切に望みます。
 今パートナーの引退について心を痛めておられる方の為にほほえましいエピソードを一つ書き添えます。私が亡きパートナーと電車に乗っていたときに話しかけてこられた元パピーウォーカーの話です。
 「木曽御岳の麓に牧場を持っている私の知人がリタイア犬を5頭ばかり引き取っています。広い牧場でその犬たちが蛇や小動物を追いかけて走り回っています。本当に目を輝かせて第2の人生を全身で楽しんでいる様子なのです。」
 この話はその当時既に引退を考えないでもなかった私の気持ちを明るく嬉しくしてくれました。盲導犬としてではない別のライフスタイルを充分エンジョイ出来る体力のある内に、筋力聴力視力などを失ってしまわないうちに引退させた方がパートナーの老後を幸福にするのだと思います。引退後のワンちゃんたちの幸せな暮らしぶりもときどき見聞きする機会があればいいなと思うのですが、皆さまはいかがでしょうか。

    

ディスカッション「リタイア犬の問題について」

広島市  桑木 正臣

昨1月、広島ハーネスの会の総会後、岡山県から来られたリタイア犬ボランティアの西田さんと私が討論形式でディスカッションを行い、会場からの質問も受けた。
 これは広島ハーネスの会本年度予算に、リタイア犬ボランティアの方に予防薬(フィラリア、狂犬病注射)の全額並びに医療費の半額(上限付き)補助を予算化したからである。使用者としてボランティアの方に医療費その他全額を負担をかけるのは心苦しく思い、広島ハーネスの会の会員の盲導犬ボランティアに補助するもので、詳細は省くが全国でも初めての試みと思う。
 私の主張は、

 最も勝手なのは盲導犬協会がリタイアさせると言っても別れが辛いからと言い、使うだけ使って病気になれば返す使用者がいるが、これは絶対行わないようにと思う。

【西田さんに感動】

西田さんはご夫妻で来ておられたが、奥さんが話をされた。
 今、2頭目のリタイア犬をみている。1頭目が亡くなった時のショックは大きく、こんな辛いことはもうやめようと思った。しかし、1年後盲導犬協会から次のリタイア犬を、との依頼があった。一応オーケーしたものの1頭目の別れのことを思い、今ならまだ断わることができる、わが家に来るまでならと前日まで迷ったそうである。
 犬にも個性があり一律には決められないが、訓練士さんがよく言われるようにリタイアした犬は急激に老け込むそうである。長年連れ添った主人と別れ新たな環境に暮らすのだから、ある期間慣れるまで当然なことだろう。西田さんの話では、来た最初は食欲不振、病気がち、医療費もかさむそうだ。しかし我が子として愛情を注ぎ時には夜も寝ないで看病(トイレなど)していくと、数カ月で元気になるそうである。
 「あなたは1頭目の別れが耐えられず、二度とこんな暗いことはと言っておられたが、2頭目を見られるのは宗教的に信仰があるのか、または福祉に、または動物愛に常人以上のものがあるのか」
 と言う私の質問に対し、
 「宗教でもない。ただ自分の子供、赤ん坊と思い世話をするとこれに応えてくれる。これが自分の幸せだと思う」
 と言われ、会場からの質問で
 「リタイア犬を見る場合、少しでも元気なうちにと思うが、その点は」
 に対し、
 「確かに元気に越したことはない。しかし自分はたとえ弱っていても面倒を見る見ないには、あまり関係ない」
 と言われた。頭の下がる次第です。
 また西田さんはこうも言われる。
 「十年近く共に暮らした使用者には到底勝てない」
 謙遜されながらの言葉であろうが考えさせられました。

    

老犬ホーム

北海道盲導犬協会  辻 恵子

長い間、一緒に生活を共にしてきた盲導犬の引退とは、避けては通れない現実です。バスや電車のステップがスムーズに昇れなくなったり、時折後肢をひきずるようになったり、または、健康上の問題である白内障や腫瘍等、いずれも老齢による症状といえましょう。そしてそれは、ユーザーの安全をも揺るがし、行動範囲を制限されることにもつながるのです。
 しかし、そのような症状に気づきながらもご自分の犬の老化を認めたくないという心の葛藤は、どなたにもある事でしょう。

ここ北海道盲導犬協会は、1970年に設立、翌71年には2頭の盲導犬が卒業致しました。その後、これから引退する犬の事を考え、その頃のユーザーと指導員との間で話し合いがなされました。そして、

  1. (1)ユーザーが継続して飼育をする。
  2. (2)知人や飼育奉仕者に委託をする。
  3. (3)協会が引き取り、犬舎内で飼育する。

という3つの方法が挙げられ、中でも3)の協会が引き取ることについては、その犬達を良く知っている指導員が飼育することにより、いつでも犬の様子を聞くことができ、また、時期が来れば面会もできるという点で、多くの賛成意見があり、選択肢のひとつに加えられました。それがのちに老犬ホームとして完成したのです。第一号の盲導犬ミーナが卒業してから7年後の1978年のことでした。
  当時は、木造亜鉛ぶきで、5つの個室はそれぞれサンルームと寝る場所が揃っているというものでした。少ない人数の中、指導員が訓練の合間に散歩に行ったり、遊んだりと、限られた時間の中でふれあいの時を過ごしていました。1988年には老犬ホーム専属の職員が採用され、常に犬達と過ごすことで、精神的な安らぎを与えることとなりました。また、それは同時に老犬ホームに犬を預けているユーザーにとっても、今まで以上に安心しておられることを確信しております。
  では、その返犬(犬を引退させ協会に返すこと)の時期を皆さんはいつ頃とお考えでしょうか。以前、あるユーザーから次のようなお話を聞いたことがあります。
「1頭目の犬は、やはり初めての犬とあってなかなか手放す事ができなかった。最初に老化に気づいたのは、10才を目前にした春のことで、散歩から帰ってきた時の息遣いがいつもと違っていた。その後もハーネスに感じる手応えが少し軽くなり、引く力も弱くなってきた。そして秋には歩行スピードが少しづつ遅くなり、雪解け水に足をとられ、一緒に転んでしまった事も何度かあった。1年後、病気の診断があり、やむなく11才で返犬はしたものの、せっかくの老犬ホームには3ヶ月しかいる事ができなかった。このような経験から、我々にけなげに尽くしてくれる盲導犬たちだからこそ、その余命は十分に楽しませてあげたいと思うようになった。盲導犬との結びつきが強ければ、それだけ最後の決断は難しくつらいものであるが、そうしているうちにも老化は進んでいく。そして何より自分の体がハンディとなって、十分な仕事をする事ができなくなり、盲導犬の方がもっと辛い思いをしている事を分かってあげたい」と。
  私たちには、計り知ることのできない盲導犬との強い絆で結ばれているユーザーが、その盲導犬の身になって語ってくれたこのお話は、とても強い印象となって今でも心に残っています。
  現在では、ユーザーのそのような心の葛藤を取り除くために、定年制度を設けています。もちろん個体差はありますが、定年に近づくにつれ、老化を意識しますし、老化を受け入れる事により、心の準備もできていくはずです。いずれにしても、今まで働いてくれた労をねぎらい、ゆっくりのんびり老後を過ごしてほしいというユーザーの皆さんの願いを受け継いで、老犬ホームでは、皆さんからお預かりしているような気持ちで一緒に生活しています。皆さんの代わりになることは、とても大役すぎるのですが、今では、週3回訪れるボランティアの方と共に、老犬たちを見守っていきたいと思っております。定年を迎えた犬たちは比較的元気で、その犬に合った散歩コースを選び、広場にある藤棚の下でお昼寝をして、人とのふれあいを欠かすことなく毎日を過ごしています。
  しかし、入所期間の平均年数は約3年。大きな病気もなく老衰していく犬たちには、ありがとう、お疲れ様でしたの言葉を一頭一頭にかけてあげたいと願っております。
  晴れ渡った青い空にそびえる藻岩山を背にして、みかげ石の慰霊碑「霊犬安眠」が、1981年に完成し、今では 200頭近い犬たちが眠っています。毎年8月末に開かれるユーザー研修会では、まず、慰霊式、及び納骨式が行われ、それぞれの思いを胸に参列いたします。
  盲導犬との出会いは、歩く勇気と生きようとする力を与えてくれる他に、心の支えであり、また積極的な意欲をももたらしてくれています。その犬たちが引退を迎える時、全てが終わるわけではありません。一時的な歩行能力の喪失が再びあったとしても、自分自身が得た大きな宝を忘れることは決してないからです。
  老犬ホームは、そのような宝を与え続ける犬たちへの最後の贈り物と言ってもよいでしょう。ありがとうと感謝の気持ちを込めて。

読者からのお便り

アンケート結果に思う

名古屋市  小林 誠

先日の「盲導犬情報」に日本ライトハウスのユーザーに対し行われたアンケート結果が記載されていましたが、いくつか思うことがありました。
  私は、今年で盲導犬を使用して13年になる手抜きユーザーですが、アンケートの中に「フィラリア予防薬やワクチンをきちんと受けさせているか」という質問があり、その回答に「不定期」あるいは「不明」というものがあるのを見て、驚くと共に大切なパートナーに必要な最低限の薬を与えないユーザーの神経に唖然としました。共同訓練の中ではパートナーの健康管理についての講義があり、その中で「フィラリア予防薬を与えないとどんなことに、最悪の場合なるか」「ワクチンはどんな種類の物を年に数度受けるか」などということは必ず聞いているはずです。もしこのアンケートの結果を訓練士さんをはじめパピーウォーカーをしておられる方々、様々な立場で盲導犬育成にご協力下さっておられる方々がご覧になられたらどう思われるでしょうか。
  また福井さんが、アンケート結果をご覧になった感想の中で「へえ、盲導犬ってそんな程度か。犬らしい」という意味のことと「排泄の失敗をすることがある。」という結果をご覧になりかなり驚かれておられたようですが、よく考えてみていただきたいのです。盲導犬はロボットではなく私たち人間と同じように感情も意志も持っています。当然ながら体調の良くない時もあります。ただし「排泄の失敗」ということは極力避けなくてはならないことでしょう。私も経験がありますが、「排泄の失敗」をしたときの状況を振り返るとその大半がユーザーの責任だと思います。いつも排泄をする時間なのにさせなかったとか、出かける前にさせなかった。犬が排泄をしたそうなそぶりを見せているのに気づかなかった。排泄をさせられない状況が予想されるにも関わらず水分をいつも通り与えてしまった等・・・。
  確かに余り盲導犬の事をご存じ無い方があのアンケートを見れば「盲導犬ってそんな程度」と思われるのも不思議ではないでしょう。しかし先ほども述べましたように盲導犬は杖の代わりと言っても「歩行補助具」ではありません。共に楽しく歩く事ができるよう助け合っていくパートナーなのです。
  使用者を増やしたいとか寄付金を集めたいなどデメリットを出すとまずい事もあるのでしょうが、今までのようなスーパードッグ的ピーアールばかりがされていったら私たちユーザーはとても生活がしにくくなるでしょう。これからは訓練施設側も貸与を受ける視覚障碍者に対しメリットもデメリットも話して、それでも貸与を受けたいという方に貸与をしていく必要があるのではないかと感じます。
  そして、これは私個人の考えですが、車の免許証のように1年に1度程度強制的に訓練士によるチェックを受け必要に応じアフターケアなどを受けるようにしたり、老犬であれば引退を決めたり、残念ですがもしペット化している状況であるなら返還していただくようにしていったらいかがでしょうか。
  ユーザー自身がマナーを守らないのに一方的に飲食店やホテルへ「入れてくれ」とかタクシーに「断らず乗せろ」とただ声を上げるだけでは理解されないでしょう。本当にこの際よりよい盲導犬との生活環境を望むのであればまずはユーザー自らがしっかりとしていかなくてはならないと思いますが、皆さんはいかがでしょう?

盲導犬情報ボックス

日本の盲導犬使用者数

社会福祉法人日本盲人社会福祉施設協議会リハビリテーション部会盲導犬委員会の「平成9年度盲導犬訓練施設年次報告書」を参考にして1998年3月31日現在の日本の盲導犬使用者数を出すと、次のようになりました。

北海道:71  青森県:3 岩手県:6 宮城県:10 秋田県:11 山形県:5
福島県:10 茨城県:18 栃木県:14 群馬県:9 埼玉県:41 千葉県:20
東京都:69 神奈川県:31 新潟県:16 富山県:12 石川県:25 福井県:5
山梨県:12 長野県:35 岐阜県:11 静岡県:29 愛知県:34 三重県:12
滋賀県:4 京都府:27 大阪府:37 兵庫県:37 奈良県:9 和歌山県:8
鳥取県:1 島根県:2 岡山県:12 広島県:28 山口県:12 徳島県:9
香川県:11 愛媛県:12 高知県:6 福岡県:27 佐賀県:10 長崎県:8
熊本県:19 大分県:16 宮崎県:12 鹿児島県:20 沖縄県:6  
合計:842名

日本に在住の盲導犬使用者は、 842名。前年度に比べると28名増えました。なお1頭の盲導犬を夫婦・親子の二人で使用するというタンデム方式で使用している盲導犬使用者は11組です。
  また、1998年度の盲導犬育成頭数は 106頭。その内、新規の使用者のパートナーとなったのは61頭(57.5%)でした。この3年間で平均してみると、1年間の育成頭数は、103頭、うち新規は62頭、代替は41頭となっています。

【訃報】エッセイストでもあり童話作家でもあった佐々木たづさんが去る4月3日ご逝去されました。ご自身の失明、イギリスでの共同訓練、帰国後のロバータとの暮らしをまとめた著書「ロバータさあ歩きましょう」は、盲導犬使用者はもちろんのこと、多くの人に愛読されたのではないでしょうか。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。またお知らせが大変遅くなってしまったことを深くお詫びいたします。

編集後記

先日、あるベテラン盲導犬ユーザーの方と話をしていて、ブラッシングの話になりました。ブラッシングが気持ちよければ犬はじっとしているはずなのだから、ブラッシングをしている間はきちんと立った姿勢のままで犬を落ち着かせておくことが大切とのこと。ブラッシング中に犬とコミュニケーションをとることは、遊ばせたり甘えさせたりすることとは違うとのお話に、ブラッシングをしている内に犬が寝そべってきたらその間にできる部分をブラッシングして・・・、というやり方をちょっと反省。早速いつもとはちょっと違った緊張感を持ちながら、ブラッシングをしてみました。
単に歩く時だけではなく日常のこのような時からこそ犬を手の内にいれておくことが大切だ、ということを教わったように思います。(久保)