盲導犬情報 第32号(2002年1月)



内容


盲導犬のリタイア

盲導犬はいつまで盲導犬としての生活を続けるのか?

この問いに対して、明文化したものをもっている育成施設は少ないようです。1998年に盲導犬情報室で調べたところ、回答のあった7施設のうち、「盲導犬の引退に関する規定がある」と答えた施設は2施設でした。そのうちの1施設では、「盲導犬貸与規程」の中に「ユーザーに貸与している盲導犬が老齢(10〜12才)に至った場合、協会はフォローアップを行い、盲導犬の使用限界を決定するものとする」と明記しています。しかし、文書にはなっていないものの、他の育成施設でも概ね10〜12才が盲導犬の引退時期と考えられていることが多いようです。
  海外での引退に関する規程の有無については確認していませんが、1994年にThe Guide Dogs for the Blind Association(イギリス)が実施したアンケート調査によれば、盲導犬の最高年齢は、アメリカのLeader Dogs for the Blindで17才、The Seeing Eyeで16才、イギリスのThe Guide Dogs for the Blind Associationで14才の記録があるそうです。
  ところで、日盲社協リハビリテーション部会盲導犬委員会からは、毎年1回、各育成施設の盲導犬実働数と育成頭数が報告されています。また、育成頭数のうちの新規および代替えの頭数も報告されています。そこで、これらの数字を元に、過去7年間の年間引退頭数(犬の老齢以外の引退およびユーザーまたは犬の死亡を含む)を出してみました。ただし盲導犬の引退・死亡と代替えの盲導犬を得たのが同じ年度とは限らないので、実際の引退頭数とは多少異なる数字ではありますが。( )内はその年度の代替えの頭数です。

1994年度 118頭(47頭)
1995年度 93頭(36頭)
1996年度 92頭(43頭)
1997年度 77頭(45頭)
1998年度 108頭(63頭)
1999年度 127頭(58頭)
2000年度 99頭(64頭)

こうしてみると、おそらく毎年100人前後の盲導犬ユーザーが盲導犬との別れを経験し、そのうちの4〜6割の人たちが再び盲導犬との生活を始めていると思われます。
  引退後の盲導犬は、前述の盲導犬情報室の調べによれば、ボランティアの家庭で暮らすことが多いようです。ユーザーが自分の盲導犬の引退後のケアをする、というケースもありますが、その場合、回答のあった7施設のうち2施設が「代替えの犬との共同訓練を受けることができない」としています。「引退犬の精神状態を考慮して」
「2頭管理することは難しい」という理由からです。また、1施設は「共同訓練を受けることはできるが、引退した犬に対して充分なケアができるかどうかを考え、ボランティアに託すことを勧める」と回答しています。
  1998年に日本財団「盲導犬に関する調査」委員会が行ったアンケート調査の結果によれば、今は盲導犬と生活していない元使用者の約6割の人があげた「今後盲導犬の使用を希望しない理由」は「盲導犬との離別や死別がつらい」というもので、一番大きな理由になっていました。また、現在盲導犬を使用している人のうち「今後盲導犬の使用を希望しない」人で同じ理由をあげたのは約4割の人たちで、「自分自身の高齢・健康上の問題」に次いで多い理由でした。
  盲導犬との別れは、多くのユーザーにとって避けては通れないものです。長年いっしょに暮らしてきた年老いた盲導犬の老後を誰がみてくれるのか、その人は自分が思うほど大切にこの子のことを思いやってくれるだろうか、そしてこの子は自分から離れて新しい生活に慣れてくれるのだろうか・・・。今までいっしょに暮らしてきたパートナーとの別れに心を痛めつつ新しい盲導犬との生活を始めるユーザーも少なくないのではないでしょうか。
  でも、もし引退した犬たちと関わってくださる方の思いを、そして犬たちの様子を少しでも知ることができたら、ちょっとは別な気持ちで新しいパートナーを迎えられるかもしれません。今まで認めたくなかったパートナーの老いを受け止め、引退を考えられるようになるかもしれません。そこで、盲導犬を引退した犬たちと暮らしているリタイア犬ボランティアのお一人にお願いして、犬たちとの暮らしやその中で感じておられることなどを「盲導犬情報」に寄せていただきました。

リタイア犬ボランティア

  倉敷市 西田 深雪   

私は岡山県の倉敷市でリタイア犬ボランティアをしています。
  実際に引退犬を預かってから8年。この間4頭の世話をして、そのうち2頭の最期を看取りました。

1. 盲導犬が欲しい

それは今から12年前の秋でした。
  朝刊の片隅の小さな記事から始まりました。『盲導犬の余生をみてあげて』と題し、陸橋の前で二頭の犬が座っている写真が添えられていました。しかしその頃の私たちは、盲導犬についても視覚障害についても無知に等しい状態でした。それまでに、数頭の犬を飼った経験を持っていますが、いわゆる専門的な知識は持っていませんでした。ただ、我が家に迎えた犬たちは野良犬だった子や、迷い犬、飼い主の引越しのために余生を頼まれた子など、どの子も事情を抱えた成犬ばかりでした。また、その最後も寝たきりになるなどと、看取る大変さも経験していました。そんな僅かな経験に頼る形でこのボランティアにのぞみました。
  今思い起こせば、本当に安易に考えていました。当時平成2年頃の日本では「ボランティア」という言葉はあまり知られておらず、世の中はバブル景気に酔って、目先の豊かさばかりがもてはやされていた時代でした。私たち夫婦は30代の後半を迎えていましたが、まだまだ若い思い上がりと、気負いのあった頃でした。
  ボランティアに登録して1年。「場合によっては待っていただくことになる」と、契約書に記されていた通り協会からは何の音沙汰もなく、初めの意気込みは時間と共にしぼんでいきました。盲導犬使用者に、預かった犬の様子を直接手紙で知らせたいと思って習い始めた点字にも身が入らなくなり、私は小学4年の長女と、2歳の長男の世話に追われていました。
  そんなある日、岡山で盲導犬の貸与式があるという知らせが入ってきました。それは岡山市の中心街にあるデパートの広場で行われていました。犬を貸与されるユーザーの方にとっては2頭目の盲導犬でした。大勢の見学者は若い盲導犬に釘付けになっていましたが、私にはそのユーザーのもとを引退した老犬の行き先のほうに興味がありました。しかし老犬はテレビ局の関係者に引取られたということだけで、それ以上の情報を得ることは出来ませんでした。
  拍子抜けしたようにぼんやりとセレモニーを見ていた私の耳に、その声は突然入ってきました。
  「私も盲導犬が欲しい」
  周囲のざわめきの中で、その言葉だけがなぜかはっきりと聞き取れました。振り返ると盲学校の生徒らしき女の子が付き添いの人と一緒に立っていました。中学生ぐらいに見えるその子は、まだ盲導犬を持つことはできませんが、この先それが可能な年齢に達しても、犬を持つことができるという保証は、今の日本にはどこにもありません。盲導犬事業の仕組み以上に、日本の住宅事情、欧米に比べて犬に対する認識の違いからくる誤解などが、こういった現実を引き起こしていることを知っている人がどれほどいるでしょうか。そして私もその中の一人であることに、この時まで気付いていませんでした。
  ボランティア登録しているけれど、自分は、知ったか振りをして外野席で見ている一人でした。私には現状の社会を批判し嘆く資格などありません。私の目は見えて耳は聞こえるけれど、見るべきものを見、聞くべき声を聞いていただろうか、女の子の声は答えを迫ってくるように、今でも私の中に残っています。
  私は早速、この場に来ていた訓練所所長に、訓練センターの見学をお願いしました。自分の手足を使って、知ろうとしなければ何も始まらず、本当の事を知ることは出来ないと思いました。

2.新しい家族

それから数年後の1994年。我が家にとって最初の引退犬がやってきました。そして今日まで、96年の1年を除くと私たちの横には常に老犬がいました。これからここにお話することは、私たち家族が彼らと接する中で、考えてきたことです。
  引退犬というと皆は、どんなイメージを持つのでしょうか。少なくとも若くて健康な犬などとは誰もが思わないでしょうが、私が連れている犬を見て、たじろぐ人が意外と多いのです。白内障や後ろ足が不自由になっている子、持病の一つや二つ持っていても不思議ではなく、老犬なら当たり前なのですが、私も初めて引退犬を見たときは、やはりその老齢さに驚きました。また引退はこのような老犬ばかりとは限りません。現に我が家に来た子の中には若くして引退した子もいます。ユーザーの事情や重い病気の子もいるでしょう。
  引退してボランティアの家に着いた当初、犬は興奮しています。犬にとっては、ある日突然これまでとは全く違う生活が始まるのですから、まずその不安を解消してやることから始めます。私はいつも彼らに好きなだけ自由に探検させて、新しい家族のにおいを覚えさせます。家の中はもちろん、敷地の隅から隅まで彼らは懸命に、においをかいで歩き回ります。
  ユーザーのもとにいた頃の生活の様子、犬の癖、既往症、排泄、食事などその時間の配分にいたるまで詳しく聞いておくと、スムーズなスタートを切ることができます。ユーザーとボランティアが連絡しあえることが出来ないならば、その橋渡しを協会がしてくれると助かります。
  盲導犬とひとくくりに言いますが、まさに性格は十人いえ十頭十色で、大らかな子、神経質な子など実に様々です。さらに現役時代の10年の生活習慣となると、これは皆違います。そこで預かる犬への対応方法は、それまでの生活環境と性格で随分と違ってきます。
  例えば、我が家ではゲージは一切使わず、人間が生活している居間の一角に犬のベッドを用意し、家の中は自由に出来るようにしています。しかしユーザーのもとでゲージを使っていた子の中には、何かに囲まれていなければ落ち着かない子もいました。また、彼らは常にユーザーと行動を共にしてきたせいか、ユーザーが男性なら主人を、女性なら私の後追いをする子もいます。人間でいえば70歳ぐらいになって生活環境が変わるのですから、適応能力がかなり退化していることを念頭に置かなければなりません。不安の中にいる犬に一番必要なことは、温もりと安心を与えてやることです。彼らは体を撫でられ、声をかけられることでそれを感じます。そういった犬の現状を「盲導犬」と言うイメージだけに捕らわれずに、ボランティアはよく把握しておかなければなりません。
  私は、この時期できるだけ規則正しい生活をすることから始めて、相互の信頼関係を作ることに専念します。

3.受け入れる

犬が新しい家に慣れるにはどのくらいの時間が必要ですかと、尋ねられることがあります。犬の性格によって一概には言えませんが、1週間から1ヶ月、長くて3ヶ月でしょうか。私は以前、こういった時間は犬が家に慣れるに必要な時間と思っていましたが、最近は人間の方が犬を迎えた生活に慣れるに必要な時間でもあると思うようになりました。例えば、今まで人間中心の時間の使い方をしていても、ひとたびこの子達を家族として迎えたそのときから、散歩、ブラッシング、寝床の整備、シーツの洗濯、犬自体の健康ケア等の世話に多くの時間を費やさなくてはならなくなります。元気で若い犬を迎えたなら、そのことも苦にならないくらい楽しいことも多くあるでしょうが、足が不自由になっている子、食事の制限や、排泄に問題のある子、さらには重い病気を抱えている犬の世話は大変です。
  その犬と居る生活を特別と感じなくなるまでに時間を要します。犬にとっても、人間にとっても「新しい家族を受け入れる」ために必要な時間です。
  マスコミで作られた「盲導犬」の固定観念に捕らわれて、目の前にいる犬を受け入れることが出来ないでいると、犬は情緒不安定になりストレスから様々な行動や、疾病を引き起こします。互いに抜けられない迷路に落ち込むことになって、余計な神経と労力を使う事になります。だからと言って犬に媚びる必要も、抑圧の姿勢をとる必要もないのです。ユーザーに代わる新しいパートナーとして、自信を持ってあせらず接すれば、自ずと絆は深まることを知りました。

4.愛情

ゲージに囲まれていなければ落ち着かなかった子には、簡易のゲージを使い徐々に生活に慣れるにしたがって取り除いていきました。相変わらず後追いする子には、好きなだけ後追いさせます。私がどこにいるか察しが着くようになると、いつの間にか後を追わなくなっていました。これは私にとってはちょっと寂しいのですが、私を信じてくれている証と思っています。新しい生活を、彼らが納得して受け入れてくれるまで、私は根気強く待ちます。
  また家族として暮らすのですから、家族の一員としてのルールも教えなければなりません。例えば厨房には入らないとか、菜園にも入らないなど。最初はガードなどを置いて、ここから先は行く事が出来ないのだと覚えさせますが、ガードをとった後、勝手に行こうとしたら「ノー」と、はっきりした声で、叱ることもしました。犬を可愛がるあまり、本当の自由を履き違えないことも大切です。特に人間の食べ物は絶対に与えてはいけません。よく、「これからは自由だから何でも好きなものが食べられるよ」と言って、与える人がいます。正しい知識を持っていれば、その判断が容易に出来るはずです。人間のその場限りの勝手な行動が、如何に犬にとって迷惑千番であるか、そのことによって命を縮めているか、せめてボランティアは知っておかなければなりません。
  人間と犬は生態が異なります。そのことをよく心に止めて、ただ闇雲に可愛がることよりも、犬である彼らにとって一番よい対応をしてやることが、本当の愛情だと考えます。このことは、盲導犬の育成に関わる方々やユーザーにとっては常識であり、今さら取り上げるに及ばないように思えるでしょうが、愛情イコール犬の好き勝手にさせること、盲導犬イコール可哀相な犬と、思い込んでいる人がどれほど多くいるか、彼らを連れているといやと言うほど知ります。
  節度のある愛情は、適度な緊張を与えてくれます。個人的な感情ですが、この緊張はこれから迎えるであろうそのときの覚悟を私に促してくれます。
  そうこうしていくうちに、犬の変化に気付いてきます。それは他人から見ると殆ど分からない変化なのですが、毎日向き合っているボランティアにはその変化がわかります。以心伝心と言うのでしょうか、不思議な信頼関係が生まれてきます。

5.生活

「新しい家族」? いえいえ、彼らとは生まれたときから一緒だったような、何の違和感もお互い抱かせなくなります。
  私は敷地内では彼らを自由にさせます。庭仕事をしている私の側で彼らは草花や風を匂っています。そのうち芝の上に寝転んだり、土を掘り起こしたりと好き勝手なことを始めます。でもそのことにも飽きてくると私の背中を鼻で突いて「遊ぼう」と、誘ってきます。彼らは遊びが大好き。つたない足取りでボールを追い掛ける姿は天真爛漫です。私のほうが嬉しくなって思わず一緒に走っています。彼らには人の心を解放する力があるのかも知れません。
  老犬がいると家族旅行もできなくなります。でもなぜか季節の変化に敏感になってきます。
  幼稚園に咲いたチューリップを飽きず眺め続け。
  庭の桜の花びらが舞い散る中でつんとすまして写真をとり。
  瀬戸内の波の向こうにお前のふるさとを一緒に思い。
  釣りに夢中の子供たちと、砂山をいくつも作って遊び。
  蔦の葉が色づき始めたら、落ち葉の中で子供のようにはしゃぎ。
  花梨の実をボール替わりに転がして。
  南天の実が映える頃、めったに降らない雪を窓越しに眺める。
  私たちはいつでもどこでも一緒でした。そして私は日常の何でもないことが幸せなのだと気付きました。彼らと過ごすことが心を豊かにしてくれました。

6.老いる

そうやって、毎日が同じように過ぎていく中で、桜の枝は去年より繁り、子供たちもそれぞれに進級して、皆の命がすくすくと育っているのに、その子の足は数ヶ月前に比べるとさらに重くなっていました。変化は私に、成長と衰退の相反する二面を同時に見せ付けてきます。
  引退当初の大方の子が、白内障になり老犬特有の脂肪の塊が体のあちこちにできています。わずかな窪みに後ろ足を取られて、ひっくり返ること等はまだ老化の入り口です。そのうち遠回りしても階段を避け、5分と歩かぬ間に肩で息をするようになります。散歩の途中で腰が抜けたようになって、道の真ん中で動けなくなったこともありました。老いの症状について書くと切りがありません。まるで、これでもかこれでもかと追い討ちを掛けてくるように、様々な症状が出てきます。でも犬にどのような症状が現れても、ボランティアはそのことに向き合わなければなりません。
  神経痛を持った子には、毎朝マッサージをし、食事もままならなくなると、手のひらにふやかしたフードを乗せて口まで持っていってやります。家の中や庭の段差にスロープをつくり、来客から「お宅には、車椅子の人がいるのですか」と、尋ねられたときはさすがに答えに困りました。
  老いの早さや状態は犬によって違ってきますが、体力と気力は正比例しているかのように確実に下降線をたどります。

7.協力

このボランティアは、一人ではできません。家族の協力は不可欠です。主になって犬の世話をするのは、家にいる時間が長い主婦ということになるのですが、体拭き、爪切り、目薬差し、耳の掃除、さらには失禁する子のお尻拭き、そしてそのおしめ作り、食事作り、遊び、寝床の整えなど、家事をしながら毎日一人でするには多くの仕事があります。主人と子供たちは当然のようにそれらの世話を引き受けてくれます。2時間おきに排泄に行かなければならない子などは、時間が決まっているのでそれが当たり前のように、手の空いている家族の誰かが、連れて行きます。誰がするかで、もめた事が一度もないことは自慢できるのかもしれません。私たち家族にとって老犬たちは疑問の余地なく家族の一員という証だと思っています。

8.別れ

ガラス越しに冬の暖かな日差しの中で、体を拭いてやっている情景は今も忘れられない1コマです。私にとって幸せな時間でした。
  彼らはまるでその時を待っているかのように、眠り続けます。そっと撫でながら「グッドガール」と言うと、わずかに尻尾の先を振ります。一番好きな言葉でした。切なくなるような愛おしさが込み上げてきます。彼らの寿命は14〜15歳、我が家で暮らす時間は2年前後(健康で引退した場合)です。私たちは必ずくるその日をどこかで意識していなくてはなりませんでした。それはある日突然やってくることもあり、静かに厳かに来ることもあります。ただそれがどういう形で、いつ来るのか、人間の知恵ではどうやっても推し測ることが出来ず、思うようにはなりません。傲慢と思われても何が悲しいかと言うと、実はそのことがいちばん悔しく悲しいのです。分かっていても死という前では、自分は何のなす術もない者である事を思い知らされます。

9.送る

センターからその知らせを受けたユーザーやパピーウォーカーから電話がかかってきます。受話器の向こうで涙声が聞こえるのになぜか私には涙が出ません。この子の最期を任された者として、まだしなければならない事がありました。私は妙に落ち着いていました。そんな自分がまるで自分ではないようでした。小さくなったその子を抱えて再びセンターへ向かいます。この細い農道を何度通ったでしょうか、初めてこの子に会った日が思い出されます。何も変わらないように見えるのに慰霊碑の中の箱は増えていました。犬舎では若い訓練犬たちが出番を待っています。逝く者は新しい命にその使命を託して逝くのでしょうか。
  納骨が終わると私は、お世話になった一人一人に礼状を書きます。慈しんで育ててくれた人やユーザーが慰霊碑で再びあの子に会えますようにと…、あの子を私に任せてくださったことへの感謝を込めて。
  こうして、私の仕事は終わります。

10.悲しみ

全てのことが終わって、部屋は静けさを取り戻します。わずかな音に振り向いてもそこにあの子はいませんでした。外出から帰るといつものように「ただいま」と言ってしまいます。でもそこに私を待っているものはいません。
  この時になってようやく私はあの子が逝ってしまったことを、現実に感じるようになります。堰を切ったように悲しみが襲ってきます。あの子が作った床のシミは、拭いても拭いても消えず、あの子のいつもいた場所はぽっかりと空いたままです。老犬と過ごす時間はわずかですが、その期間は全力投球です。疲れが押し寄せてきます。
それと同時に、自責の念にもかられます。もっと違った対処をしていたら死は免れていたかも知れないのに、あの子にもっとしてやれることはなかったのか。死という大きな力の前では、到底逆らうことができないとわかっていても、失うことを受け入れることは苦です。
  犬を失った悲しみは、関わった時間に関係なくその繋がりの深さにあると思います。このボランティアは必ずこの悲しみに向き合うことになります。それは初めから分かっていた事なのですが、いざその場に出くわすといわゆる『ペットロス症候群』に陥る人も少なからずいるでしょう。「もう二度としない」そう心でつぶやきながら、悲しみに暮れる自分を冷静に見ているもう一人の私がいました。この先自分は何をしなければならないのか、看取ったこの経験を、さらに役立てることはできないのかと自問します。

11.ネットワーク

この死別の悲しみはこのボランティアをした者でなくては分からない悲しみです。他の人に話してもなかなか分かってはもらえません。初めから「看取る」ことを承知の上で、引き受けたのですから、私たちはユーザーとも、他のボランティアとも立場が異なります。昨年、友人のリタイア犬ボランティアが2年数ヶ月お世話していた犬を亡くしました。私たちは時間も経つのを忘れて逝った子のことを話しました。同じ思いをした者でなければ、分かり合えないものがあることをこのことで知りました。また高齢犬を世話するのですから、病気や老化に対する対応処置もボランティアそれぞれが創意工夫しています。痴呆、歩行困難の犬を預かった経験がないボランティアにとって、経験者からそういった情報を得ることができたら大変助かります。また、自分だけがひどく老化の進んだ犬を引き受けたと思い込み、孤立感を持っている人もいます。そういった悩みや情報を交換できる場があると、ボランティア希望者も、継続する人も増えるのではないかと考えます。

12.信頼

別れは、死別とばかりに限りません。繁殖ボランティアも、パピーウォーカーも、訓練所の職員も、そしてユーザーもそれぞれに別れの辛さを経験しています。一頭の犬にどれほどの人たちの別れがあったか、そのときの皆の思いを私は最後に引き受けることになるのだと、いつも自分に言い聞かせます。
  引退犬たちはどの子も、ほんの1〜2ヶ月一緒に暮らしただけでまるで生まれたときから一緒に居るようなそんな錯覚を起こさせるほど、人間に絶対的な信頼と服従を示します。リタイア犬ボランティアはあたかもそれが生まれながらの性格、犬種独特の性格と思ってしまいます。しかしそれは先天的な性格もさることながら、木目細やかな愛情を与えた人たちがいたことを、忘れてはならないと思います。 私がもしパピーウォーカーだったなら、ユーザーだったなら、やはり見も知らない人に犬を託すことには躊躇するでしょう。そこでリタイア犬ボランティアに要求されるのは「信頼」の一文字だと思います。それはどんなボランティアに対しても同じことが言えるのですが、ことリタイア犬に関してはそれが強く求められます。それは、盲導犬情報第25号「盲導犬に関する調査」の結果報告に如実に現れています。盲導犬との離別、死別がつらくて代替を希望しないユーザーの多さに私は驚き、自分の認識の甘さを痛感しました。また、ユーザー自身が高齢になって代替犬を希望しない場合も、やはり犬の老後に心を砕いている人が多くいることを、この調査で知りました。全犬使会の清水会長からそのことは再三聞いていましたが、ユーザーの不安は、引退した犬の余生がどんなものなのかを、知る術がないことにあると知りました。「自由でかつ安全な歩行」は、その人が望むなら一生保証されなければならないのに、このことがそれを阻む一つの要因になっているとしたら、憂うことです。ユーザーが安心して新しい盲導犬と歩むためには、ボランティアへの信頼は不可欠です。
  人と人の信頼関係が、閉ざされた道を開いてくれることを願っています。

13.希望

電話の向こうからOさんの弾むような声がします。若い盲導犬との訓練の様子が伝わってきます。そして、私が預かっている老犬の近況報告に安心して彼女は受話器を置きました。私は新しい盲導犬とさっそうと歩くOさんの姿を想像しました。
  リタイア犬ボランティアをしているとわかると、「大変ね」「死ぬのを見るのは辛いでしょう」などと大抵の人が同情とも呆れとも取れる言葉をくれます。しかしこのボランティアが辛いだけのものならば誰もが二度と受けないでしょう。老犬たちと過ごす限られた時間の中に、その犬と関わった人たちとの交流の中に、そして若い犬と新たな歩行に挑戦するユーザーに、私は看取る辛さに報われるに十分な喜びが与えられていると思います。

盲導犬ユーザー 訴えられる

−損害賠償を請求された裁判の概要−

神奈川県内に住む76才の女性が、盲導犬ユーザーに衝突されたことによって転倒、足を骨折するけがをしたと主張し、約850万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が昨年12月13日にありました。横浜地方裁判所川崎支部は、この請求を棄却する判断を下しましたが、原告は控訴。この訴訟は、高等裁判所に持ち込まれることになりました。
  事故が起きたのは、1998年4月30日。訴えたこの女性は、切符を購入するために駅構内の券売機付近に立ち、小銭入れから硬貨を取り出そうとしていた時、突然通行人に衝突されて転倒、大腿骨頸部を骨折しました。一方、訴えられた盲導犬ユーザーは、ガイドヘルパーとの待ち合わせ場所に向かうため、同じ駅構内を白杖を持ち、盲導犬を連れて歩いていました。待ち合わせ場所でユーザーを待っていたガイドヘルパーは、女性が転倒しているのを見て、散らばった硬貨を拾って手渡し、頼まれて近くの派出所へ救急車を依頼しました。また女性に対する親切心から救急車に同乗、病院に女性の親族が来るまで付き添いました。
  ユーザーは、ガイドヘルパーから「前に人が倒れているのでここで待っててね」と声をかけられる前に、誘導ブロックの上を歩いているとき、すれ違いざまに誰かと右肩を接触していたので、「もしかしたら私がぶつかった相手かもしれない」と思い、そのガイドヘルパーに同行してもらい、翌日、入院している女性を見舞いに行きました。その際の「後ろを向いていたのでユーザーには気が付かなかった」との女性の話やガイドヘルパーから事故の状況についての説明を受けて、ぶつかったのは自分ではないことを確信しました。しかし女性は、ガイドヘルパーが病院まで同行してくれたこと、ユーザーが見舞いに来てくれたことなどから、自分に衝突し転倒させたのはユーザーだと考え、治療に要した費用および慰謝料を請求する訴訟を起こしました。
  裁判では、女性に衝突したのはユーザーかどうか、ユーザーに過失はあるかどうか、といった点で争われました。これに対し裁判所は、

  1. 原告(女性)が倒れていた地点と被告(ユーザー)が通行人と接触したため立ち止まった地点との間の距離は2メートル以上あり、接触地点から2メートル以上離れた地点に転倒するというのは不自然である。
  2. ヘルパーが駅構内で転倒して歩けなくなった原告に同情し、救急車を呼び病院まで同行したという事情のみでは、被告が原告に衝突したと判断する根拠としては薄弱である。
  3. 被告が入院中の原告を訪問したからといって、被告が加害者としての責任を果たすため原告を見舞ったと推認することには疑問がある。
  4. 原告もその場にいたガイドヘルパーも被告が原告に衝突したかどうか目撃しておらず、他にこれを目撃した者も存在せず、また、これを裏付ける客観的証拠もないことから、被告が原告に衝突したと認定することはできない。

として、原告の請求を棄却しました。

また、ユーザーの過失について、女性側は「視覚障害者においても、歩行の際には、人との衝突を避けるため、白杖や盲導犬を適切に使用するなどして、前方を確認する義務がある」「他人との衝突の危険が増すことが予想される混雑した場所においては、前方に声を掛けるなどの方法により、自らの存在を示し、前方にいる人に停止や回避を促す義務がある」しかし事故当時ユーザーは「白杖や盲導犬を適切に使用せず、前方確認義務を怠り」「声掛け等により前方にいた原告に回避を促すことを怠った」さらに「盲導犬を適切に使用せず」「盲導犬に引っ張られたことが原因」で女性と衝突したと主張しました。
  これに対しユーザー側は、「健常者の注意を喚起するために声掛け等の義務があるとの主張は、視覚障害者に不可能を強いるものであり、ひいては視覚障害者を社会生活から排除することにつながりかねず、不相当である」また「白杖や盲導犬を適切に使用していたものであって」「盲導犬に引っ張られたことが原因で」「衝突したことはない」と反論しました。この点についての判断を裁判所は示しませんでした。
  事故発生から判決までの2年8ヶ月間、17回に及ぶ弁論を重ねなければならなかったことは、潔白の身とはいえ肉体的にも精神的にもかなりつらいことだったのではないでしょうか。判決の出る約1年前には和解勧告もありましたが、受けてしまえば自分の責任を認めるばかりか他の視覚障害者にとっても不利益になる、と和解には応じませんでした。原告の控訴によってさらに裁判は続きますが、一人の盲導犬ユーザーだけのことではなく、すべての視覚障害者に関わる問題として、裁判の今後を注目していきたいと思います。

盲導犬ユーザーの旅行記

九州旅行記(3)

東京都 Y.YAMAMOTO
7.美味しい馬刺しににっこり!

約束の時間の少し前に、私を尋ねて人が来た。約束した友人と一緒に来た人だ。友人はタクシーの中で待っていた。友人のHさんとは、およそ2年ぶり。Hさんは、私と同じアイメイトユーザーです。一昨年のアイメイトの総会で会って以来だ。Hさんとその知り合いの方と私の3人は熊本料理のお店に行った。Hさんの知り合いの方がもう一人来ることになっている。3人はお店に入り、カウンターについた。ほどなくして、Hさんの知り合いのSさんがきた。Sさんも盲導犬の使用者。私とは初対面になる。4人の足元には3頭の盲導犬が静かにダウンしている。
  私はお酒はダメなので、食べることに精を出す。初めての熊本なので、とりあえず名物の馬刺しに挑戦。私は好き嫌いが無いので何でもおいしく食べられる。馬刺しも美味しく食べられた。なんと馬刺しが苦手なHさんの分もたいらげてしまった。他にもたくさん出てきたが、どれもおいしく箸が進む。HさんとSさんとにはさまれ会話も進む。お店の人も親切で、色々説明をしてくれる。食事も終わりの頃になり、初物の西瓜がデザートで出た。さすが南国熊本と納得して食べる。
  食事を終え、店の外に出る。ずうずうしくも、Hさんにご馳走になってしまった。タクシーを呼んでもらい、私は皆と別れホテルに帰った。ホテルの従業員さんに部屋まで送ってもらい、部屋に入る。しばらくテレビを見ながら横になる。疲れていたのか、おいしいものをたくさん食べたせいか、うとうと寝てしまった。夜中の1時に目を覚ました。ケイルも寝ているようだ。ケイルを起こし、バスタブでワンツーをさせる。私はシャワーを浴びてから、もう1度ベッドに入る。明日の朝は、ホテルで食事をして1番の特急で鹿児島に行くことにしている。シャワーで目が覚めたのに、すぐにまた寝てしまった。モーニングコールで目が覚めたが、ベッドの中でぐずぐずしていた。当然、朝食に間に合わず、無駄なことをしてしまった。電車の時間にはまだ早いがホテルをチェックアウトした。フロントでタクシーを呼んでもらう。通勤時間のせいか、昨日駅からホテルに来た時よりも時間がかかって熊本駅に着いた。それでも出発の時間に間がある。ホームのベンチに座り、特急つばめを待った。

8.20年ぶりの鹿児島

高校3年の夏、私は友人のAと西鹿児島の駅に降りた。鹿児島に来たのは、雑誌の懸賞でホテルの宿泊が当たった事と、当時日本で最長距離を走っていたブルートレイン「富士」が秋に宮崎止まりになってしまう事の、二つのきっかけでやって来た。今回来たのはそれ以来の鹿児島。「十年一昔」とはよく言うが、今回は「二十年ふた昔」というところだろうか。
  駅には去年の福岡での「めんたいこOFF」に来てくれたUさん夫婦が迎えに来てくれた。それからアイメイトを引退したBちゃんも迎えてくれた。去年Bちゃんに会った時、彼女の身の上におこった事、盲導犬として働いた事、そして素敵な人に暖かく迎えられ幸せに暮らしている事を思っていたら泣けてしまった。今年のOFFに参加を呼びかけたが、Bちゃんが長い距離の移動がきついという事で、私が会いに来たのだ。Bちゃんは去年会った事を覚えているのか、私の顔をすぐになめてくれた。今年も会えた喜びが胸の奥から湧いてくる。Uさんは他にも2頭の犬を飼っているが、本日は家でお留守番。人間3人と犬2頭で鹿児島の観光に出発した。
  まずはお昼ご飯。錦江湾を左手に見ながら薩摩半島を南下する。石油の備蓄基地で有名な喜入をすぎ、指宿の手前で山側に入る。「イッシー」で有名な池田湖に来た。ここで「そうめん流し」を食べる。けっして「流しそうめん」ではない。ここで「そうめん流し」について説明しよう。「流しそうめん」は、樋を水と一緒にそうめんが流れてくる。それを箸でつまんでつゆにつけて食べる。しかし「そうめん流し」はそれと違う。5、6人ぐらいが座れる丸テーブルがあり、そのテーブルの真中に、直径7、80センチぐらいの「たらい」みたいなものがあり、その中に水がぐるぐる回っている。水は新鮮なものが桶の周囲から流れ込む。桶の中心には排泄のための筒がある。水が回転しているのは、流入している水の勢いのようだ。そうめんを、その中に入れ、回ってくるそうめんを箸でつかんで食べる。箸を水の中に入れれば、かってにまとわりついてくる。目が見えなくても容易に取ることができる。水は湧き水を使っているのだろう、とても冷たいのでそうめんも冷える。しかしネーミングは「そうめん流し」よりも「回しそうめん」のほうが良いような気がするのは私だけだろうか。
  さて食事の後は、お風呂。お風呂と言えば温泉。ここで温泉と言えば指宿。指宿と言えば「砂風呂」という訳で砂風呂に向かう。指宿が有名ではあるが、隣の山川というところにも砂風呂がある。最近ではこちらのほうが人気があるようなので、山川の砂風呂に行く。現地では「砂風呂」ではなく「砂蒸し温泉」と言っているようだ。Uさんのご主人が、受付でケイルも一緒に行けるか聞いてきてくれた。浜まで一緒に行くのは良いが、誰かに見ていてもらいたいということなので、まずは私とUさんのご主人が入る。ケイルは奥さんのKさんに見ていてもらう。裸の上から浴衣を着て、砂浜に下りる。砂は暑くは無いが、心なしか空気が暖かい感じがするが、気のせいだろう。ケイルは先に来ていた。係の人が穴を掘ってくれる。その穴に横になり、砂をかける。砂が重い。子供の頃、海に行くとよくこんな事をした。懐かしい思い出をたどるうちに、砂がかかってくる。顔に砂がかからないように、タオルで顔を覆いながら首まで砂をかける。ケイルは頭のすぐ上に、興味津々で覗き込む。係の人がせっかく気をつけて砂をかけてくれたのを、ケイルの前足でダメにしてしまった。ケイルの足が私の顔にヒットしたのだ。顔といわず、口の中にも砂が入った。みんな思わず苦笑い。砂をかけている途中から、背中と腰のあたりが暖かくなってきていた。砂蒸しは初体験。砂の重さと温泉の蒸気とで、とても気持ちが良い。
  20分ほどで砂からでる。ちょっともったいない感じがする。建物の中に入り、浴衣を脱ぎ、簡単に体を温泉で流す。ロビーでKさんからケイルを受け取り交代である。お風呂上りの感覚は普通の温泉を出たのと同じように気持ちが良い。Kさんが出てくるまで、コーラを飲みながら時間をつぶす。
  今夜の宿泊は桜島。時間があれば知覧によりたかったが、遅くなりそうなのでそのまま向かう。桜島には鹿児島市内からフェリーで渡る。フェリーは、1時間に数本出ていて、市民の足になっているようだ。桜島までは10分少しの短い距離。あっという間に着いてしまう。

9.桜島の国民宿舎と温泉

鹿児島での宿泊は桜島にある国民宿舎。鹿児島からのフェリーが着く港から近い。まだ新しい建物のようで雰囲気がいい。海も近く、のんびりできそうだ。もちろん温泉。部屋のドアーは総て引き戸。車椅子の利用を考慮しているのだろう。部屋もバスルームも広い。これならケイルの排泄も容易にできる。2頭いっしょにでもできそうだ。
  夕食前のひとときを外で過ごす。Uさんの家から、お留守番に残っていた犬を連れて来てくれた。ゴールデンのRくんは去年福岡で会っている。覚えていてくれているかな? 彼はとても友好的で、しっぽブンブンで来てくれた。宿舎の前は海。桜島から鹿児島まで行き来しているフェリーのエンジン音。スピーカーから流れる観光案内の声も聞こえる。海岸沿いに木で作られたデッキが続く。平日のためかほとんど人気はない。
  夕食は宿舎のレストラン。Uさんの犬を家に置いて来てから夕食になった。このレストランは郷土の食材を使った手の込んだものだった。おいしく食事をすませてからUさんと温泉に入る。Kさんは犬がいるため自宅に帰った。ケイルは脱衣所まで入って良いということなので、ケイルの排泄を兼ねていっしょに温泉に行く。温泉は別棟になっていて、男女の各大風呂。そして家族風呂。家族風呂と言っても4人ぐらい一緒に入れそうな大きな風呂である。予約が必要でUさんは予約をしておいてくれた。
ゆっくり温泉に入っていると、疲れが足の指からゆっくりと出て行くようで気持ちが良い。部屋に戻りUさんと雑談をしていたが、旅の疲れのせいか温泉の効用か眠気が襲ってきた。今回の旅行で1番深い眠りについた。

盲導犬情報ボックス

身体障害者補助犬法案について

「身体障害者補助犬法案」および「身体障害者の育成及びこれを使用する身体障害者の施設等の利用の円滑化のための障害者基本法等の一部を改正する法律案」が第153回国会に提出され、国会閉会中ですが厚生労働委員会に付託され審査されています。そこで「身体障害者補助犬法案」の盲導犬に関する部分を抜き出してみました。なお、文章の意味がわかりにくくなると思われたので( )内の文章を一部省略しました。

身体障害者補助犬法案

第一章 総則
(目的)
第一条 この法律は、身体障害者補助犬を訓練する事業を行う者及び身体障害者補助犬を使用する身体障害者の義務等を定めるとともに、身体障害者が国等が管理する施設、公共交通機関等を利用する場合において身体障害者補助犬を同伴することができるようにするための措置を講ずること等により、身体障害者補助犬の育成及びこれを使用する身体障害者の施設等の利用の円滑化を図り、もって身体障害者の自立及び社会参加の促進に寄与することを目的とする。
(定義)
第二条 この法律において「身体障害者補助犬」とは、盲導犬、介助犬及び聴導犬をいう。
2 この法律において「盲導犬」とは、道路交通法第十四条第一項に規定する政令で定める盲導犬であって、第十六条第一項の認定を受けているものをいう。

第二章 身体障害者補助犬の訓練
(訓練事業者の義務)
第三条 盲導犬訓練施設を経営する事業を行う者、介助犬訓練事業を行う者及び聴導犬訓練事業を行う者は、身体障害者補助犬としての適性を有する犬を選択するとともに、必要に応じ医療を提供する者、獣医師等との連携を確保しつつ、これを使用しようとする各身体障害者に必要とされる補助を適確に把握し、その身体障害者の状況に応じた訓練を行うことにより、良質な身体障害者補助犬を育成しなければならない。
2 訓練事業者は、障害の程度の増進により必要とされる補助が変化することが予想される身体障害者のために前項の訓練を行うに当たっては、医療を提供する者との連携を確保することによりその身体障害者について将来必要となる補助を適確に把握しなければならない。

第四条 訓練事業者は、前条第二項に規定する身体障害者のために身体障害者補助犬を育成した場合には、その身体障害者補助犬の使用状況の調査を行い、必要に応じ再訓練を行わなければならない。

(厚生労働省令への委任)
第五条 前二条に規定する身体障害者補助犬の訓練に関し必要な事項は、厚生労働省令で定める。

第三章 身体障害者補助犬の使用に係る適格性
第六条 身体障害者補助犬を使用する身体障害者は、自ら身体障害者補助犬の行動を適切に管理することができる者でなければならない。

第四章 施設等における身体障害者補助犬の同伴等
(国等が管理する施設における身体障害者補助犬の同伴等)
第七条 国等、特殊法人は、その管理する施設を身体障害者が利用する場合において身体障害者補助犬を同伴することを拒んではならない。ただし、身体障害者補助犬の同伴により当該施設に著しい損害を受けるおそれがある場合その他のやむを得ない理由がある場合は、この限りでない。
2 前項の規定は、国等の事業所又は事務所に勤務する身体障害者が当該事業所又は事務所において身体障害者補助犬を使用する場合について準用する。
3 第一項の規定は、国等が管理する住宅に居住する身体障害者が当該住宅において身体障害者補助犬を使用する場合について準用する。

(公共交通機関における身体障害者補助犬の同伴)
第八条 公共交通事業者等は、その管理する旅客施設及び旅客の運送を行うためその事業の用に供する車両等を身体障害者が利用する場合において身体障害者補助犬を同伴することを拒んではならない。ただし、身体障害者補助犬の同伴により当該旅客施設若しくは当該車両等に著しい損害が発生し、又はこれらを利用する者が著しい損害を受けるおそれがある場合その他のやむを得ない理由がある場合は、この限りでない。
(不特定かつ多数の者が利用する施設における身体障害者補助犬の同伴)
第九条 前二条に定めるもののほか、不特定かつ多数の者が利用する施設を管理する者は、当該施設を身体障害者が利用する場合において身体障害者補助犬を同伴することを拒んではならない。ただし、身体障害者補助犬の同伴により当該施設に著しい損害が発生し、又は当該施設を利用する者が著しい損害を受けるおそれがある場合その他のやむを得ない理由がある場合は、この限りでない。

(事業所又は事務所における身体障害者補助犬の使用)
第十条 事業主(国等を除く。)は、その事業所又は事務所に勤務する身体障害者が当該事業所又は事務所において身体障害者補助犬を使用することを拒まないよう努めなければならない。

(住宅における身体障害者補助犬の使用)
第十一条 住宅を管理する者(国等を除く。)は、その管理する住宅に居住する身体障害者が当該住宅において身体障害者補助犬を使用することを拒まないよう努めなければならない。

(身体障害者補助犬の表示等)
第十二条 この章に規定する施設等(住宅を除く。)の利用等を行う場合において身体障害者補助犬を同伴し、又は使用する身体障害者は、厚生労働省令で定めるところにより、その身体障害者補助犬に、その者のために訓練された身体障害者補助犬である旨を明らかにするための表示をしなければならない。
2 この章に規定する施設等の利用等を行う場合において身体障害者補助犬を同伴し、又は使用する身体障害者は、その身体障害者補助犬が公衆衛生上の危害を生じさせるおそれがない旨を明らかにするため必要な厚生労働省令で定める書類を所持し、関係者の請求があるときは、これを提示しなければならない。
(身体障害者補助犬の行動の管理)
第十三条 この章に規定する施設等の利用等を行う場合において身体障害者補助犬を同伴し、又は使用する身体障害者は、その身体障害者補助犬が他人に迷惑を及ぼすことがないようその行動を十分管理しなければならない。 (表示の制限)

第十四条 何人も、この章に規定する施設等の利用等を行う場合において身体障害者補助犬以外の犬を同伴し、又は使用するときは、その犬に第十二条第一項の表示又はこれと紛らわしい表示をしてはならない。ただし、身体障害者補助犬となるため訓練中である犬又は第十六条第一項の認定を受けるため試験中である犬であって、その旨が明示されているものについては、この限りでない。

第五章 身体障害者補助犬に関する認定等
「附則」により、盲導犬に関しては、「当分の間、第五章の規定は、適用しない」とあるため省略します。

第六章 身体障害者補助犬の衛生の確保等
(身体障害者補助犬の取扱い)
第二十一条 訓練事業者及び身体障害者補助犬を使用する身体障害者は、犬の保健衛生に関し獣医師の行う指導を受けるとともに、犬を苦しめることなく愛情をもって接すること等により、これを適正に取り扱わなければならない。
(身体障害者補助犬の衛生の確保)
第二十二条 身体障害者補助犬を使用する身体障害者は、その身体障害者補助犬について、体を清潔に保つとともに、予防接種及び検診を受けさせることにより、公衆衛生上の危害を生じさせないよう努めなければならない。

(国民の理解を深めるための措置)
第二十三条 国及び地方公共団体は、教育活動、広報活動等を通じて、身体障害者の自立及び社会参加の促進のために身体障害者補助犬が果たす役割の重要性について国民の理解を深めるよう努めなければならない。

(国民の協力)
第二十四条 国民は、身体障害者補助犬を使用する身体障害者に対し、必要な協力をするよう努めなければならない。

第七章 罰則
第二十五条 第十九条第一項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は同項の規定による立入調査を拒み、妨げ、若しくは忌避し、若しくは質問に対して答弁をせず、若しくは虚偽の答弁をした場合には、その違反行為をした指定法人の役員又は職員は、二十万円以下の罰金に処する。

附則
(施行期日)
第一条 この法律は、平成十四年十月一日から施行する。

(新たに身体障害者補助犬が行う補助以外の補助を行う犬が使用されることとなった場合の措置)
第五条 日常生活に著しい支障がある身体障害者の補助を行うため、新たに身体障害者補助犬が行う補助以外の補助を行う犬が使用されることとなった場合には、その使用の状況等を勘案し、身体障害者補助犬の制度の対象を拡大するために必要な法制上の措置が講ぜられるものとする。

(検討)
第六条 この法律の施行後三年を経過した場合においては、身体障害者補助犬の育成の状況、第四章に規定する施設等における身体障害者補助犬の同伴又は使用の状況その他この法律の施行の状況について検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとする。

編集後記

ちょっと遅いですが、新年明けましておめでとうございます。今年は、いよいよ日本にも盲導犬を同伴した利用の拒否を禁じた法律が成立するかもしれません。ちょっと抜け道が多いようにも感じますが、身体障害者補助犬法案の1日も早い成立が待たれます。同時に、だれもが安心して安全に外出できる社会環境の整備も切実に待たれるところです。この「だれもが」というのが、つい人数の多い方に偏りがちなのですが・・・。(久保)